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ひとりごと

ダメ社会人がぶつぶつ日常をぼやいてるだけ

愛は重め

小学生の頃からジャニーズ沼にはまって抜け出せなかった私ですが、ついに2014年にそんな底なし沼からついに脱出しました。

 

11年以上ジャニーズオタク(通称:ジャニヲタ)をやっていた私ですが、歴代の担当と呼ばれる人は3人です。

ジャニーズに目覚めたきっかけは小山慶一郎氏。ただ普通に顔が好きだった。

この頃の私は毎月のお小遣いでドル誌を買って、テレビで動いてる小山くんをみて、ひっそり楽しんでいました。そう、ひっそり。

 

しかし小山担時代の終わりは突然やってきます。顔が好き!!!!の衝撃から2年後、関西からやってきた彼にハマります。

いつもテレビでも喋らないし、ドラムのときはカメラにもほぼ抜かれないし、見切れるし、眠そうだし、なんなのこの人…って感じで大倉忠義氏にハマります。歴代2人目の担当さんです。

そしてこの頃から私のヲタクスタイルに変化が訪れます。

大倉担初期はCDやDVD、深夜の番組などなどこの頃もまだテレビなどの媒体からひっそり楽しんでいました。

2008年高校2年生、クラス替えの発表がある登校日でしたが従姉妹の結婚式ですと平然と嘘をつきモバゲー(懐かしい)で知り合った年上のお姉様と初めてのコンサートへ堂々参加。

横浜アリーナでグッズを買うのに長蛇の列に並んだ記憶。パスケースとポーチすごく人気だよね…!(ヲタ卒すると決めた時に売りさばいた)

この頃からコンサートへ出かけるように。

そして大学受験でそれどころではなくなって一瞬ヲタ卒しかけることができていたのですが、大学入学と共にヲタク再開。

そしてmixiのコミュニティで知り合った同い年のエイターたちと親睦を深め、定期的にヲタ会を開催。そしてコンサートを楽しむ。

 

そんなエイターたちと交流を楽しんでいた私に、転機が訪れます。

原宿をフラフラしていた時にたまたま中間淳太氏の写真を発見し、口隠すとイケメンじゃない?という友人の発言でその日から中間淳太が気になりすぎて夜も眠れなくなるという恐ろしい病気にかかりました。

もはや大倉<<<<淳太状態が続き、中間淳太生誕祭じゃーーーー!!!と友人とオールしたりとにかく頭の中は淳太くんでいっぱい状態が続く。

そして大学でウトウトしていたわたしに突然の知らせ。

中山優馬握手会に淳太くる

授業を抜けて整理券とりにいっていざ握手会会場の帝国劇場へ(これが私のファースト帝劇)

じゅんじゅんにキュンキュンを覚えたての私たちは目の前のステージ上にいる淳太くんへ披露し、反応してもらって死ぬ。握手は重岡と優馬だったけど目線はずっとステージ上の淳太くん。これで私は完全に落ちる。

そして気づけば松竹座にも行ってたし、1人で遠征もしてたし、Twitterで関ジュ担の友達たくさんできて現場でも楽しく過ごしていました。

大学時代は春夏冬は基本的に大阪に通いつめてたし、秋は日比谷の住民になってたなあ(白目)

今までの担当にはファンサというものを求めてすらいなかったのですが、中間さんはすごかった。おかげでがっちりハート掴まれて松竹座に住みたい!!!!!!と何度も思いましたよ。

神様の気まぐれでなかなかに良い席に恵まれ続けて楽しい思い出しかない松竹座。大好き。

今までの担当とお金のかけ方も時間のかけ方も違うヲタク活動をする私。この頃の私はいま思い返してもクズでしかなかった気がします。

 

そしてここで強調しておきたいのは私は関ジュみんな大好き!誰もかけて欲しくない!というタイプの人間じゃなくて、淳太くんがいればそれでいい!君が笑顔でキラキラしてステージの上に立っていてくれればいい!でもB.A.Dは好き!淳太くんが照史と一緒にいるところ見るの好き!って感じの淳太くん至上主義なんですよね。これは今も昔も変わらない。

 

そんな大好きな淳太くんを応援するのが辛くなったのは、2014年1月。デビューが決まったあの日。そして忘れもしない、大阪城ホール

デビュー決定直後にTwitterで淳太くんおめでとう〜〜!ってツイートしようとしたら、いろんな人がボロクソ言ってるのみて腹が立つ私。そしてツイートしたらデビューできなかった人の気持ち考えてと絡まれて意味がわからないとキレる。淳太くんが掴んだ夢をお祝いしちゃなんでいけないの?担当が喜んで何が悪いの?と即刻ブロックした記憶があります。

あの時はデビュー決まった4人の担当も「なんでなの?喜べない」ってツイートばっかりで嫌になったなあ。

 

そんな胸糞悪い状態で入った城ホで苛立ちがMAXになり団扇壊しました。

ついでに泣いた。とても泣いた。悔しくて。

ええじゃないかでみんな座るしトラウマ。

その瞬間から私の中の無理ゲージが振り切れて、メインで使ってたTwitterのアカウントを消しましたわ。消す前に140文字に収まりきらない暴言を連投した記憶もある。

 

友達だった人もほぼ切ってしまったし知らねえよ!!!!と卒業研究とひたすら卒論に打ち込みサボりまくっていたのが嘘みたいに毎日のように研究室に顔だして突然真面目になった私を友達が本気で心配していたり(後日談)バイトもガンガンシフトいれて働きまくって現実逃避していましたとも。そして思い出すと腹が立つ事件パートⅡが起こるわけです。

その日は卒業旅行で沖縄へ。雨に降られる中、観光してジャニーズなんて頭の中から忘れ去っていたのにワイドショーで聞き覚えのある名前が聞こえる…そう、7人でデビューになったというあの日です。

もはやメンバーが誰でもどうでもよかったけど、淳太くんがそれで幸せなら全然構わないんだけど、自分の中にあるモヤモヤがどうにもこうにも消化できず。

何よりもTwitterでおめでとう!よかったね!ってやたら言われたり、私にボロクソ言ってきた人に謝られたりしたんだけど、一回ダメになったらもう戻れないっすよ…と言わなかったけど心底思ってまうよね。

それからコンサートも舞台も行ったけど、楽しいんだけど前みたいに楽しめなくなってきて残してたヲタク用のTwitterアカウントを何も言わずに消して中間担だった私はいなくなりました。

 

淳太くんのことは変わらずに好きだからコンサートにも行くし、ジャニーズの現場にはちょこちょこ顔だして楽しんでるけど昔のようにガッツリどっぷりではなくなったしジャニーズに全てを捧げてしまった青春を取り戻すべくあの頃できなかったことだったり、本当はやりたかったことを始めてみました。

 

いまだにコンサートでええじゃないか歌うときは、あの日のトラウマが蘇る。あの日が私のターニングポイントになったのは間違いない。

淳太くんたちがあんなに歌いにくそうなのも辛そうなのも見たくなかったんだよなあ。

ある意味すごく思い出深いデビュー曲。

 

逆の立場でも素直にデビューおめでとうって言えたの?とよく言われます。

おめでとうとは言えないと思うけど、喜んでる人に落ち込んでる人の気持ち考えなよ!とは言わないと思います。(根に持つタイプ)

 

結果的に7人でデビューして丸く収まってよかったんじゃないでしょうか。みんな楽しそうだし。楽しそうな淳太くんみると幸せな気持ちになるし、好きなことに変わりはありません。

 

大人になって好きになった淳太くんへの気持ちは気持ち悪いぐらいに重くなってしまって、自分でも今文字に起こしながら気持ち悪くて引いているところです。

 

私が中間担を続けられなかった理由は以下の通りだと思われます。

  1. ただ淳太くんが好きすぎた
  2. 周りに興味がなかった
  3. 人間関係の修復が面倒だった
  4. 地方民になった
  5. 城ホがトラウマ

 

なんていいながらも久しぶりに京セラへ!

それにしても久しぶりに思い返してもモヤモヤが晴れない。